「雅さんは萩で子供と取り残されちょる
「雅さんは萩で子供と取り残されちょる。多分相当寂しくて心細いと思う。自分はそんな思いしちょるのに,旦那の側で寵愛受けとる相手の事を雅さんはどう思うやろ?
晋作には雅さんを気遣う気持ちが足りとらん。もっと気にかけてそっちが一番やと安心させてあげたなら,雅さんの対応も変わってくるかもしらん。」
でもそれはあくまで私の考えやけどねと入江は言った。おうのは悲しげな顔をしながらも,仰る通りですと真摯に受け止めた。
「そうですよね……梅の進ちゃんも父上が側にいなくて寂しい思いをしちょるのに,私は近くで愛情を注いでもらってたら,あちらには私を恨む気持ちしかないでしょう……。
図々しいにも程がありますね。」
おうのは妾は妾らしくありますと,荷物を下げて屯所を後にした。
「……何か複雑。」
三津はおうのの背中を見送ってから溜息をついた。
「そうやな。三津の立場からやと誰の事も応援出来んやろな。」
入江は落ち込まないでと優しく肩を抱いた。皺紋是甚麼? 原來額頭紋、魚尾紋、眉心紋有分動態、靜態?你屬於動態紋,還是靜態紋?
「子供を抱えて一人残る雅さんの気持ちも分かるし,おうのさんに恋した高杉さんの気持ちも,思いの通じ合ったおうのさんの気持ちも分かります……。」
分かるけど今の自分では何の助言も,誰の味方にもなれないのだ。「やけぇそんな気に病んじゃいけん。私達の関係は私達で責任持たんにゃいけんように,あっちもあっちで責任持たんにゃいけんそ。」
そう言って慰めても,優しさの塊のような三津だから人の傷みを自分の傷みのように感じるのは避けて通れないのを入江は知っている。
「気分転換でもしに行く?」
入江が子供のようににっと笑えば三津も同じようににっと笑う。それから二人でいつものように海岸へ出た。
「今京はどうなってるんですかね。」
「家茂公が亡くなられて次期将軍に一橋慶喜公をとなってるらしいがまだ正式には決まっちょらんみたい。治安は悪くなっとらんかったらええな。」
三津は向こうにいるサヤとアヤメが心配だった。ずっと家の管理を任せているが京に戻る事はあるのだろうかと疑問に思う。
「亡くなられた将軍様は……確か和宮様と御成婚なさった?」
「そう。和宮様も政の犠牲者よ。当たり前のように政の道具にされる。江戸に嫁がされて夫は死んで……。心細かろう……。」
入江の憂いを帯びた横顔を三津はただのじっと見ていた。
「三津もある意味犠牲者か……。桂さんや私らに好かれんかったらきっと京で平穏に暮らせとったやろ。申し訳ない。」
「何を言ってるんですか。この道を選んだのは私です。その時は間違いなく小五郎さんしか見えてませんでしたし,色々問題ありますけどここに来て良かったと思ってます。」
そこで桂が“君の人生を奪った”と言ったのを思い出した。
『そうか,小五郎さんも私を犠牲にしたと思ってはるんかな。』
そこは違うぞと言ってあげないといけない。今日話す時間があれば伝えてあげようと決めた。
「うん,私もこの道を選んで良かったと思っちょる。やけぇ決めた通り,のんびり進もう。」
入江の表情が穏やかなものに戻ったから三津は安心した。和宮様を思ってあんな顔をした入江も優し過ぎるなぁと三津は思った。
「戻りましょうか。だいぶ和みました。」
三津がやんわり微笑むと入江も同じように笑って頷いた。そして仲睦まじく屯所に戻った。
「お帰り。散歩かい?」
二人を出迎えたのは桂だった。羨ましいなぁとからかった。それぐらいの余裕は持てるようになったらしい。
「小五郎さんもお帰りなさい。今日はお仕事おしまい?また戻りはるの?」
いつ戻ったのかと思えば二人と入れ違いだったようだ。そして仕事はもう終わりでゆっくりすると言う。
「じゃあ私は部屋に戻る。また夕餉の時に。」
にんまり笑ってごゆっくりと言う入江を見送って,三津と桂も自室へと引き上げた。
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